インタビュー & 特集
「蜷川さんの演出が根底にある−−」松岡和子さん×笠松泰洋さん×青木豪さん
現在上演中のDステ19th『お気に召すまま』は、オールメールで演じられるシェイクスピア喜劇。今年5月に亡くなった蜷川幸雄さんのシェイクスピア作品を彩った、松岡和子さんの翻訳、笠松泰洋さんの音楽で上演されることも注目されています。「蜷川チームの同級生」という松岡さんと笠松さん、そして上演台本・演出の青木豪さんに、蜷川さんの思い出やシェイクスピアについて、そしてDステ版『お気に召すまま』について存分に語っていただきました。
(撮影/熊谷仁男 文/大原 薫)
INTERVIEW & SPECIAL 2016 10/20 UPDATE
松岡 笠松さんとは、’95年の蜷川演出の『ハムレット』で初めて私の訳を使っていただいたときに……。
笠松 僕も初めて蜷川さん演出の舞台の音楽を担当したんです。
松岡 私たちは「蜷川チームの同級生」と言ってるんですよ。
青木 頑張って僕もそこに入れないかな(笑)。
松岡 そのときの翻訳が蜷川さんの基準をパスしたんでしょうね。彩の国シェイクスピアシリーズでシェイクスピア全37作品を上演しようと決めたとき「翻訳は全部松岡さんでいくからね」と直接言ってくれたんです。
笠松 蜷川さんは、その前に「松岡さんの翻訳、いいよね」と言ってたんですよ。
松岡 そうなんだ。蜷川さんは、そういうことは直接は全然言ってくれないんですよ(笑)。「このフレーズ、好きだな」とぽろっと言ってくれたりしたのを、励みにしてたんです。
笠松 蜷川さんは「今まで稽古場に来て、リアルな現場で言葉を訂正してくれる学者はいなかった。『学説ではこうだから、変えられない』という人ばかりだったけど、松岡さんは役者の口を通して、初めて台詞は生きるということを理解してくれている。それがありがたい」と言ってましたよ。
松岡 そうか……、人には言ってくれてたんですね。ああ、嬉しい。泣きそうだ。
――青木豪さんは蜷川さんが演出した『ガラスの仮面』の脚本を書かれていますね。
青木 僕は仕事でご一緒する前、蜷川さんのファンの時期が長いんです。最初に『ハムレット』を見たのが小学校5年生のとき。
松岡 小学校5年生!
青木『ハムレット』では劇中劇をひな壇のひな人形みたいにしてやっていたんです。それまでのシェイクスピア劇はシェイクスピアの時代を再現するものだったけれど、蜷川さんは「自分たちと地続きのところに根幹はあるんだ」と示してくれた。それがショックでしたね。その後も『マクベス』を観たり、自分にシェイクスピアが入って来る土壌として、蜷川さんの舞台があったんです。笠松さんも『マクベス』からでしょう?
笠松 僕は東大で小田島(雄志)さんが英語の先生だったんです。小田島さんが「僕の翻訳で蜷川さんが『マクベス』を演出するから」と言われて観に行ったんですが、これが人生が変わるくらいすごかった。
松岡 それで興奮して、蜷川さんに声をかけちゃったんだものね。
笠松 そうそう、それからしばらくして、偶然池袋の喫茶店に蜷川さんがいたので、思わず声をかけて、その場で4時間喋ったんですよ。
――初対面の学生と蜷川さんが4時間もですか?
笠松 芝居だけじゃなく映画や小説の話をして盛り上がって、何杯もコーヒーを奢ってくれてね。
松岡 そのとき、音楽をやっているという話をしたんでしょ?
笠松 そうです。その後、また池袋駅でばったり会ったときも覚えていてくれて「作曲やってる? じゃあ、送ってくれよ」と言われて(作曲した曲を)送ったら、1年後くらいに突然「『ハムレット』の音楽をやらないか」と依頼があったんです。
青木 それ以前の蜷川さんは、既成の曲をかけるのが多かった印象だけど、オリジナル音楽というのは笠松さんが最初だったんじゃないですか。
笠松 まったくなかったわけじゃないけど、少なかったと思う。それで先手必勝だと思って、稽古初日の2カ月以上前にテーマ曲を自分のイメージで作って送ったら、気に入ってくれて。「オープニングのシーンの演出はこの曲のイメージで演出する」と言ってくれたんです。
――先ほど、シェイクスピアが遠い世界のものでなく、地続きにあるとわからせてくれたという話がありましたが、青木さんがDステで『十二夜』を演出したときも、神社が舞台になっていましたね。
青木 たぶん、蜷川さん(の演出)が根底にあるんだと思います。僕だけじゃなくいろんな演出家、特に80年代以降から出てきた演出家はそうだと思う。Dステの『ヴェニスの商人』は稽古2日目に東日本大震災が起きて、ずっと余震の中で稽古をしていた。「これはもし劇場でできなかったとしても、野外劇でやればいい」という気持ちでやっていたんです。
笠松 電気がなくてもできる芝居を作ろうってね。だから、音楽も効果音も全部生で音を出したんです。
青木 次の『十二夜』で神社にある能舞台という形で作ったのは、いざというときにどこでもできるという気持ちがあった。あとは奉納劇ということで、神様にすべてを捧げようというのもあったんですね。いろいろな記憶というのはすぐさま出てくるものじゃなくて、少しずつ蓄積されていく気がするんです。
松岡 私が思ったのは、今回の『お気に召すまま』も普通の稽古風景から始まるし、『ヴェニスの商人』のときも男の子たちのロッカールームから始まるでしょう。あれも淵源をたどれば、蜷川さんなんじゃないかと思って。蜷川さんは、「日本人の俺たちがしゃあしゃあと西洋人をやるのが恥ずかしくてしょうがない」と言うのね。「最初にお客様に『私たちは日本人の俳優です。これから衣装を着けて外国人になります』と示すのも、その恥ずかしさから来てるんだ」と。
青木 すごくわかります。
松岡 この精神は、豪さんが受け継いでいるなと思うんですよ。
青木 それは意識したり無意識だったりしますが、確実にそうですね。
笠松 羞恥心みたいなのが蜷川さんはあるでしょう。青木さんはそこが一番似ていると思う。
青木 ありがとうございます。
松岡 蜷川さんが「この言葉は同音異義語が多くて誤解されやすいから、何か別の言葉はない?」というのに対応できるように私は稽古場にいるわけですけれども、翻訳の根本的な解釈に疑問を唱えたり、恣意的に変えようとすることはなかったですね。
笠松 「これを選んだのは俺なんだから、覚悟を持ってやる」という人でしたね。それが潔いし、皆がついていこうと思う大きな原因になっていると思いますよ。無茶ぶりの嵐でも、楽しくやっちゃうというか(笑)。
笠松 『お気に召すまま』といえば、木が生えてくる森。蜷川さんには「森に行く場面では『森!!』って思える曲を作ってくれよ」と言われました。今回のDステの『お気に召すまま』でも「森!!」という曲を作ってきましたけど。この作品にはそれが必要だろうなと思って。
青木 僕も笠松さんにたくさん無理を言っていると思います。
笠松 いや、全然。蜷川さんは大ざっぱだけど、豪さんは細かいんですよ。僕は同じ曲を使うときでも1回目と2回目とはどこか変えたいという小ざかしい気持ちがあるんですけど、「同じまま、リフレインでいけませんか」と言ってきたり。
松岡 あ、それは面白い! 『お気に召すまま』って、言葉の側面から言うとリフレインがテーマなんです。
笠松 へぇ~、そうなんですか。
松岡 同じパターンの同じ文体が繰り返されるんです。これは訳しているときは退屈だったんですが、蜷川さんの稽古場や本番で、人が声を出して同じ言葉をリフレインする強さを実感しましたね。お祈りとか呪文、悪い場合だと呪いなんかもそうですが、同じ言葉を繰り返すじゃないですか。そうすることで、パワーがこもる。シェイクスピアはこの作品でそれを実験したかったんだと思うんです。
――今回は青木さんが松岡さんの翻訳を元に上演台本を書いていらっしゃいますね。
青木 非常に僭越なことをしていると思いながら、注釈があって初めてわかる台詞はカットしてしまっていますね。自分が見ていても、そういうところは眠くなってしまうので(笑)。
松岡 でも、それは蜷川さんもそうしていたのよね。
青木 この間、演出を全部つけてから蜷川さん版を見たんですよ。そうしたら「ああ、蜷川さんはこっちを残して、こっちをカットしたんだ」というのがありましたね。
松岡 私も「ああ、ここはカットだよな」と思いながら訳してるんです(笑)。
――最後に、Dステ版、青木さん演出のシェイクスピア作品への期待をお聞かせください。
松岡 最初の『ヴェニスの商人』のときから、「豪シェイクスピア」はこう来るか、といつもワクワクしてるんです。そろそろ、悲劇をやってもいいんじゃないかなという期待もありますね。
Dステ19th『お気に召すまま』は、10月30日まで東京・本多劇場にて上演中。その後、山形、兵庫で上演されます。
開幕直前の稽古場にて取材しました。
てい談の完全版は『omoshii mag』vol.7でお楽しみください。
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Dステ19th『お気に召すまま』
東京公演 2016年10月14日(金)~30日(日)本多劇場
山形公演 2016年11月12日(土)~13日(日)シベールアリーナ
兵庫公演 2016年11月19日(土)~20日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
演出・上演台本:青木豪
音楽:笠松泰洋
出演: 柳下大 石田圭祐 三上真史 加治将樹 西井幸人 前山剛久 牧田哲也 遠藤雄弥 松尾貴史 鈴木壮麻 大久保祥太郎 山田悠介
http://okinimesumama.dstage.jp/