インタビュー & 特集

INTERVIEW!こまつ座『私はだれでしょう』尾上寛之さん&平埜生成さん

2007年の初演以来10年ぶりとなる、井上ひさし作・栗山民也演出『私はだれでしょう』。初演ではホンができ上がらず初日が遅れたため“幻の新作”とも言われる本作が、新たなキャストを得て生まれ変わります。本稽古前の歌稽古中に、尾上寛之さんと平埜生成さんに現在の率直な思いを聞きました。(取材・文/高橋彩子、撮影/笹井タカマサ)

INTERVIEW & SPECIAL 2017 2/10 UPDATE

「私は誰でしょう?」という問いかけ

DSC_8503_pp――今日は歌稽古初日だったとか。いかがでしたか?
尾上 音源を家で聴いていた時から、テンションが上がる曲や胸に響く曲があったのですが、生で聴くとより一層、心にきたというか。気を引き締めてやらなければと感じました。その歌がまたミュージカルとは違うんです。登場人物が皆、同じトーンでなくても、歌に乗る気持ちがそれぞれあって、会話のようになるんだろうなあと、稽古をしながら思いました。
平埜 うんうん。
尾上 歌稽古で他の人が歌うのを聴くだけで感動するので、これから稽古が進んだらもっと素敵になるんだろうとワクワクします。始まったぞ!という感じですね。
平埜 僕は「ああ、こまつ座の歌が歌えるんだ!」と。これまでにも井上ひさしさんの作品はいくつか観ていて、最近も、以前から映像で観ていた『頭痛肩こり樋口一葉』を初めて生で観たのですが、「やっと観れた」と感じたし、芝居が歌からスタートするので、「こうやって始まるんだなあ、こまつ座は。やっぱりいいなあ」と改めて感動もして。『私はだれでしょう』も同じようにピアノと歌で始まるので、今日はこまつ座の歌をついに歌うんだ、と思いながら練習していました。良い歌ばかりで、楽しみです。
――尾上さんもこまつ座作品はご覧になっていますか?
尾上 はい。昨年、『紙屋町さくらホテル』を観ましたが、今回の『私はだれでしょう』と同じく戦争が題材で、実在した桜隊の話でしたが、観ていてぐっときたんですよね。感動したし、それだけではなく思うことがたくさんあって、言葉にするのは難しいのですが、井上作品には、日本人が忘れてはいけないこと、ちゃんと知らなければならないことが詰まっているので、そこを大事に演じたいです。
――おっしゃる通り、井上作品ではしばしば第二次世界大戦が大きなテーマですよね。今回の物語ではその戦争が終わった直後が描かれます。現時点ではどんな印象を?
平埜 10年前に書かれた戯曲なのに、昨年、蓮舫議員で問題になった国籍のことなども入ってきていて、すごくタイムリーだと思いながら読みました。それを井上さんは、日本人として、とか、日本とは、といったところと向き合いながら描いている。僕が演じる山田太郎?役は記憶がない役で、劇の最後にそれを見つけるところが“始まり”なので、自分を見つけ出す姿をどう演じればいいのかなあ、難しいなあと感じます。アイデンティティの話になっていて、僕の前回の舞台『DISGRACED-恥辱』も、作風は違うけれど“どちら側”の人間なのかということを扱った舞台だったので、通じるとも思いました。
尾上 実際、タイトルにもなっている「私はだれでしょう」って、今の自分達にも言えることじゃないかと思うんです。名前はあっても、自分はどんな人間なのかなんてわからないじゃないですか。それは生きて行く中で探していかなければならないこと。僕が演じる高梨勝介という役も同じで、戦争が終わり、信念をもって労働組合活動をやっているけど、途中で迷って、また別の場所へと自分を探しに行く。皆がそれぞれ自分を探し続けるお芝居だと思うので、そこをきちんと表現したいですね。
平埜 今はネットが流行っていて、ツイッターでも名前を変えてアカウントをいくつも持つことができる。いつでもどんな人にもなれるし、名前も記号だけでどんどん変わっていくような時代ですよね。僕は、ですけど、井上さんのホンを読んで初めて知ることが多くて、すごく大人になっていく気がするんです。色々な役や作品と出会って、知らなかったことを知って、こうやって人は成長していくんじゃないかなあって。それがすごく楽しいんです。
――ではこの作品で見られるのは、平埜さんの成長でも山田太郎?の成長でもあり、そして、尾上さんの、高梨の成長でもある?
平埜 そうですよね。
尾上 うん。ですね。…深いなあ…
――それでいて“難しい”という感じがないのも、井上作品の特長です。
平埜 全然、しないですよね。
尾上 見やすいですし、言葉も耳触りが良くて聴きやすいので、そこも大事にして演じたいです。

要求のレベルがどんどん上がっていく
栗山民也の稽古場

DSC_8549_pp――平埜さんは先程おっしゃった『DISGRACED-恥辱』で、栗山民也さんの演出を初めて受けられたのですよね。
平埜 大変でした。要求のレベルがどんどん上がっていくし、それが尽きることがなくて。だからいくらやってもダメ出しが減らず、必ずダメ出しの時間が1時間くらいあったんです。本番に入ったら全くなくなるんですけど。
尾上 そうなんだ!
平埜 海外の演出家さんのスタイルらしいです。稽古場でじっくり話し合って作って、初日が開けたら俳優のもの、っていう。
尾上 本番ではところどころ観に来てくださる感じ?
平埜 でも、ダメ出しはなし。絶対にサゲるということをしないんです。
尾上 たとえば、感情のぶつかりで、当初から変化したような部分があったとしても…?
平埜 あったとしても、「感動したなあ」「良かったよ」というふうにおっしゃいます。
――尾上さんは今回が栗山演出の初体験でしょうか?
尾上 そうなんです。栗山さんの作品は好きでいくつも拝見していますが、視覚的にも大胆だなという印象がある反面、感情の起伏みたいなものも細かく見え、気持ちに訴えかけてくるものがすごく強いんですよね。現場でどう作っていかれるのか気になりますし、不安でもあります。
――しかも今回は、栗山さんがたくさん演出している井上作品ですしね。
平埜 栗山さんの“本気”かなって。栗山さんは演出助手くらいの頃から井上さんの作品に関わっていらっしゃるので。
――ところで、平埜さんが山田太郎?役を演じると聞いた時は驚きました。初演では川平慈英さんがなさった役で、ミュージカル俳優としての能力をフル活用するような演技だったので。お話が来た時はどうお感じでしたか?
平埜 僕は初演の舞台もその映像も観ていなくて。お話をいただいて、頑張ろうって。どうなるんでしょう。僕もまだわからないです。
――タップの練習をしているとうかがいましたが。
平埜 ハードル上がっちゃうじゃないですか(笑)。物理的に練習に行く時間がなかなかなくて、ちょっとしか練習できていないんです。稽古は一ヶ月間あるけれど、栗山さんの現場は稽古時間がそんなに長くないので、自主練も含めてこれから頑張ります。
――一方、尾上さんが演じられる高梨は、さっきおっしゃった通り、組合活動に勤しむ人物です。そういう政治的な活動って、少し前はごく限られた人のものという印象だったかもしれませんが、今、デモの輪が広がるなど、イメージが変わってきた気もします。いかがでしょう?
尾上 シールズの活動とかですよね。難しい問題ですよね。
平埜 確かにデモにも行く人が増えたけれど、国はなかなか動かない。むしろSNSとかの力のほうが強くなっていて、メディアもそちらを取り上げたりしていますよね。
――「保育園落ちた日本死ね」などは大きな影響力を持ちましたね。
平埜 そう。だから、形が変わってきたのかなと。
尾上 昔と比べて、今の方が、デモも柔らかいもんね。マナーを守っている。昔はもっとぶつかっていったりしていた印象があります。
平埜 学生運動とか。
尾上 そうそう。もちろん今も、この法案を通したらいけない、といった思いは相当強いと思いますが、昔のほうが強固に感じます。さっき生成が言ったように、今はSNSなどで発言することによって、発散されているから、声に出して強く言わなくてもわかっているでしょ?みたいな感覚があるのかなあ。
平埜 ああ、なるほど。確かに。
尾上 そういう時代の僕らが演じるものではあるけれど、でも、作品自体は戦争直後の話なので、当時の言葉や思い、パワーは、強く持っておかないといけないと思いますし、そこはしっかりと出したいですよね。

2012年以来の共演
稽古が終わったら「二人で自主練しような」

――ところで、お二人はジョナサン・マンビィ演出『ロミオ&ジュリエット』(2012年)以来、久々の共演になりますか?
尾上 はい、『ロミオ&ジュリエット』以来です。
平埜 あの時は稽古も楽屋もずっと一緒で、わいわい、がやがやしていて(笑)。
尾上 年が少し離れているので、可愛いやつだなって。
平埜 今回も同じ場面が多いので、嬉しいです。
――俳優として、お互いをどう見ていますか?
尾上 昨年、生成が出た舞台『DISGRACED-恥辱』を観て感じたのですが、立ち姿がすごく綺麗なんですよね。かっこいいというか。カッコ悪い役だけどカッコいいとか、汚くてもきれいに見えるとかって舞台では大事なことで、それがすごくあるなあと思いました。あの役では髭を生やして色黒になった生成を初めて見たので衝撃でした。今回はどんな感じで舞台に立つのかなと楽しみです。
平埜 僕は寛くんを映像でも舞台でもたくさん観ていて、いつもすごいなあと思っています。寛くんの芝居に思うのは、ちょっとアングラの匂いがするな、と。僕はそういうのが好きだから、いいなあ、ずるいなあって(笑)。寛くんは抜き出る力が強いんですよ、ドーンと。映像と舞台でも、あるいは作品によっても違うから、“匠”だなって。今回の稽古場でも学びたいです。
尾上 生成とは、稽古が終わったら二人で自主練しようなって話しています。生成の話によれば栗山さんの要求はどんどん上がっていくということなので、今日できなかったことはその日のうちにおさらいして、次の日にはできるようにして、っていう積み重ねをしたいなと。もちろん皆さんとそれができる時間もあると思いますが、二人での自主練も長くなる気がするんですよ。
平埜 心強いです!
――最後に改めて、この舞台への抱負や読者へのメッセージをお願いします。
尾上 この作品はエンタテインメントとしてもすごく楽しめますが、先程も言った通り、日本人が知っておかなければいけないことや自分探しなど、色々なメッセージが詰まっています。本当に心にドスンと刺さるような作品なので、それをしっかりとお客さんに突き刺したいですね。
平埜 ええと……スタッフさん含め、このカンパニーの誰かが賞を穫るので、観たほうがいいです! でないと「しまった、見逃した」ということになるから。必見です。
尾上 笑)。きっと生成が穫るよ!
平埜 いえいえ(笑)。でもそういう、観る人に引っかかる作品だなと思うんです。初日を遅らせながら幕を開けた10年前の初演とは違って、このホンを熟知している栗山さんが、稽古期間を一ヶ月かけてさらに良くするので、面白くならないわけがないです。こまつ座を観たことがない方も、この作品は見やすいし、こまつ座っぽいし井上さんっぽいし栗山さんっぽいし、見逃せないと思います。
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尾上寛之(おのうえ・ひろゆき)
1985年生まれ、大阪府出身。鈍牛倶楽部所属。主な出演作に、TV『花燃ゆ』『ネオウルトラ Q』『ROOKIES』、映画『三月のライオン』『殿、利息でござる!』『岳―ガクー』、舞台『八犬伝』(演出 河原雅彦)『冒した者』(演出 長塚圭史)『宅悦とお岩~四谷怪談のそのシーンのために~』(作・演出 岩松了)『殺風景』(作・演出 赤堀雅秋)『ジャンヌ・ダルク』(演出 白井晃)『残酷歌劇 ライチ☆光クラブ』(演出 河原雅彦)『イヌの日』(演出 松居大悟)などがある。

平埜生成(ひらの・きなり)
1993年生まれ、東京都出身。アミューズ・劇団プレステージ所属。主な出演作に、TV『オトナ女子』『重版出来!』、4月からは初の主演ドラマ『バウンサー』が放送開始。映画『work shop』『人狼ゲーム』『劇場版 東京伝説 恐怖の人間地獄』、舞台『FROGS』(演出 岸谷五朗)『見上げればあの日と同じ空』(演出 及川拓郎)Ninagawa×Shakespeare LegendⅠ『ロミオとジュリエット』(演出 蜷川幸雄)『ア・フュー・グッドメン』(演出 鈴木勝秀)『オーファンズ』(演出 宮田慶子)『DISGRACED-恥辱』(演出 栗山民也)などがある。

こまつ座第116回公演/2017都民芸術フェスティバル参加公演
『私はだれでしょう』
2017年3月5日(日)~26日(日)紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(新宿南口)
作:井上ひさし
演出:栗山民也
出演:朝海ひかる、枝元萌、大鷹明良、尾上寛之、平埜生成、八幡みゆき、吉田栄作、朴勝哲(ピアノ奏者)
※詳細はhttp//www.komatsuza.co.jp/をご覧ください。
2010年に他界した井上ひさしの、07年初演の作品。終戦の翌年、昭和21年の夏。占領下日本の放送を監督するCIE(民間情報教育局)の監視のもと、日本放送協会の脚本班分室室長の川北京子(朝海ひかる)は、ラジオ番組「尋ね人」を企画。室員の山本三枝子(枝元萌)、脇村圭子(八幡みゆき)らとともに、戦後の混乱の中での人探しに尽力している。そこにあらわれた、CIEのラジオ担当官フランク馬場(吉田栄作)、労働組合の高梨勝介(尾上寛之)、放送用語調査室主任・佐久間岩雄(大鷹明良)、そして、記憶を失ったため自分が誰だかわからない山田太郎?(平埜生成)。それぞれの事情と思いとが交錯する中、物語は思いがけない展開を迎える……。




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