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SPECIAL! ミュージカル『ブラック メリーポピンズ』舞台レポート
7月5日(土)から20日(日)まで 世田谷パブリックシアターで上演されているミュージカル『ブラック メリーポピンズ』。その舞台レポートをお届けします!(文・武田吏都)
INTERVIEW & SPECIAL 2014 7/14 UPDATE
休憩なしの1時間55分(観劇時)。面白くてあっという間、という感想とは少々異なる。2時間に満たないとはとても思えぬほど、ずっしりと濃密。疾走感がありながら重い。“心理スリラーミュージカル”とはまさに未知の体験だった。 「ブラック~」のタイトルとは裏腹に、白一色の部屋が舞台。本が空を舞い、聴き慣れない感覚の音楽に乗せ、登場人物たちはゼンマイ仕掛けのような動きを見せる(小野寺修二の振付が全編に渡って秀逸)。観客はこのオープニングから一気に「ブラメリ」の世界へと引きずり込まれてしまうだろう。 ストーリーテラーは、長兄のハンス(小西遼生)。彼は12年前に自分たちが見舞われた事件の真相を知るため、今は離ればなれになった弟妹たちを呼び寄せる。彼らはもともと血のつながりのない孤児で、著名な心理学者の養子としてともに育った。その義父は12年前に起こった屋敷の火事で亡くなり、子供たちは家庭教師メリー(一路真輝)に命がけで救出されたのだが、誰も当時の記憶がない。そしてメリーも謎の失踪を遂げたまま……。ときおり挟み込まれる不穏なハウリング音が、彼らの不安な心境を象徴する。 5人という少人数キャストの作品において、ハンス、ヘルマン(上山竜司)、ヨナス(良知真次)、そしてアンナ(音月桂)の4兄妹はほぼ出ずっぱり。ラブストーリーも織り込まれ、それぞれに様々な表情を見せる。特に宝塚退団後初の舞台となる元雪組トップスター・音月には、彼女ならではのキャラ付けが。演出の鈴木裕美は、俳優自身の持ち味を引き出し、役と無理なく融合させることに成功している。
事件を経て変わってしまった現在と幸せな記憶が残る子供時代が、シームレスに切り替わる手法も効果的。衣装も何も変えずに子供(役)にスイッチする、演者にとってタフなやり方だが、この子供時代の無邪気さが、緊迫続きの本作における息のつきどころ。と同時に物語が進むにつれ、より切なさを呼び起こす場面となる。子供たちの大好きなメリーを囲んでのシーンも実に微笑ましい。真の母を持たない彼らにとっての母たるメリーを一路が包容力たっぷりに、だがミステリアスに演じている。 事件の残酷な真相が明かされ始めると、ファンタジックな色合いは一気に現実味を帯びる。と同時に、真実を知った上でどう生きていくかという“選択”の物語となり、作品全体のエネルギーはラストに向けてより高まっていく。そのカギを握るのが最も精神的に不安定だった末弟ヨナスであること、また兄妹が自ら選び取った道には心動かされるものがある。ラストのダイナミックな装置的サプライズ(日本版オリジナル)にも、強いメッセージ性を感じた。 だが……ふと我に返ると、(文字どおり)野に放たれた彼らの行く末を思わずにはいられない。この作品の全て(脚本、作詞、音楽、本国版では演出も)を手掛けたソ・ユンミは、「そもそもの始まりは『本当の幸せとは何か』という話をやってみたかったから」とインタビューで語っている(「シアターガイド」8月号)。ミルフィーユのように、幾層にも繊細に重ねられた記憶のドラマ。甘いか苦いか、最終的な感じ方は観客の数だけあるだろうが、その味わいはいつまでも舌に残り続けるかのようだ。
ミュージカル『ブラック メリーポピンズ』
7月5日(土)〜20日(日) 世田谷パブリックシアター
脚本・作詞・音楽:ソ・ユンミ
演出:鈴木裕美
上演台本:田村孝裕
訳詞:高橋亜子
出演:音月桂 小西遼生 良知真次 上山竜司 一路真輝
問い合わせ:
東宝テレザーブ: 03-3201−7777
公式サイト●http://www.m-bmp.com